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【第一次】東日本大震災の被災地支援活動 2012年 5月4日(金)〜5月5日(土)

 平成24年度、災害支援対策本部の取組みとして、多くの社員に被災地の現状を五感で感じて欲しいという弊社代表の想いより、被災地への訪問、交流を目的とした「【第一次】東日本大震災の被災地支援活動」を企画、実現することに至りました。 活動内容は、以前より弊社と交流のある宮城県気仙沼市は「気仙沼復興商店街」様の主催するイベントのお手伝いから、今回のご縁でお付き合いさせて頂くことになりました山口県より支援活動に来られていた「医療法人社団水生会 柴田病院」様の炊き出しをお手伝いさせて頂きましたので、ここに報告致します。


津波で内陸に流された漁船

周辺の瓦礫が片付けられるなか、この漁船だけは残されたままである。この漁船をモニュメントとした周辺地域を復興記念公園にする計画があるとのこと。気仙沼市の復興をいつまでも見守っていて欲しいと願う。

気仙沼復興商店街周辺

東日本大震災より1年、津波の爪痕は未だ消えることなく残っている。気仙沼復興商店街の周辺は、このような状況の建物が多く残されている現状。道のりは長い。

避難所として利用されていた紫神社・紫会館



商店街から少し高台にあるため、津波の被害を受けることなく、
多くの方々の避難所として利用された。今は、商店街の事務局、
ボランティアに参加される方の宿泊施設として利用されている。
今回の活動で我々もお世話になった場所だ。

気仙沼復興商店街(南町紫市場)



昨年の9月に訪問した際には更地であったが、今では立派な仮設の商店街が立ち並んでいる。気仙沼市内でも大規模な仮設商店街であり、多くの方で賑わいをみせている。商店街の方々も明るく元気に出迎えてくれる。TVやニュース等で報道されていたが、ここまでくる道のりは決して平坦ではなかったとのこと。日本中から多くの方々が観光に訪れてくれることが何よりの復興支援。

イベントのお手伝い

 事務局の方の指示を受け、イベント広場へのテーブル・イス出し、荷物運びから道案内、お米プレゼントの担当と何でも実施。


柴田病院様による炊き出しのお手伝い(準備編)












           柴田病院様の方々とのご挨拶に始まり、炊き出し会場の準備に取り掛かる。
          炊き出しだけではなく、血圧測定、栄養相談、保険・医療・福祉相談、
          メンタルヘルスケアコーナーと出張病院としても出展。
          更には山口県から運転されてきたという救急車に圧倒。
          院長をはじめとする総勢十数名でいらしたとのこと。救急車、かっこいい!


柴田病院様による炊き出しのお手伝い(実践編)

 柴田病院様よりおかりした半被に身を纏い、炊き出し開始!ちらし寿司、すまし汁の配布、バーベキューでファイアーしながら魚介類を焼き、焼き鳥を配布させて頂いた。天気にも恵まれ、汗だくになりながら柴田病院のスタッフとして働かせて頂いたことは何よりもの思い出である。



柴田病院様による炊き出しのお手伝い(紹介編)

 医療相談コーナーには多くの方々が相談に訪れていた。柴田病院様の院長も自ら率先して訪れた人を見舞い、心から温かい診療をされていたことが印象的。我々も何か被災地の皆様に貢献できるイベントを提案したいと柴田病院様の背中を見て感じた。



柴田病院様による炊き出しのお手伝い(最終編)

 炊き出しも無事に終わり、関係者揃っての集合写真!お手伝いさせて頂き、本当に良い経験を積むことができました。ありがとうございます。


総括
 【第一次】東日本大震災の被災地支援活動を通し、参加メンバー4名全員が現地での人との交流から多くを学ぶことができました。なかでも、被災地の方をはじめ、気仙沼復興商店街の皆様、柴田病院の皆様とのご縁は生涯忘れられることのない掛け替えのないものでありました。 また、今回の震災で被災されたにも関わらず「東京で地震が起きたら助けに行くから!」この言葉を頂けただけたことには、本当に感謝の気持ちでいっぱいであります。  「絆」弊社では震災以前より大事にしてきた言葉であり、その意味を追求しながら前に進んできました。震災以降、その大事な言葉を掲げ、復興支援を名目に金儲けに走る企業や団体に憤りを感じることもありますが、我々が信じてきた本当の意味での「絆」は、今後も汚すことなく大事にしていきたいと思っています。 今後も「第二次」、「第三次」と支援活動は続けて参ります。